Concept -エリオの啠学-

「あなたは疲れているようだから、これを食べなさい。」

エリオの故郷チェトラーロとおばあさんの「ロカンダ」

エリオのおばあさんはロカンダを訪れる客人の様子や顔色をさりげなく見るとこんな風に料理を勧めました。それはまるで帰省している家族に対して言うのと同じでした。 エリオのおばあさんは、戦争の厳しい時代を生き抜いてチェトラーロで13人の子を育てました。子どもたちが結婚して孫の世代が生まれ、何人かの子どもは故郷を離れましたが、主人亡き後、大家族となったオルサーラ家はおばあさんを中心に強く結ばれていました。 エリオの故郷チェトラーロの夏は、ティレニア海の美しいビーチにやってくる国内外からの観光客で賑 わいます。海岸線から内陸側を見れば、海のそばまで迫るなだらかな丘陵地の斜面にオレンジ色の瓦屋 根の家が立ち並び、その背後にはオリーブの木々が自生する山、野菜畑、ぶどう畑が広がりヤギや羊も います。海にも山にもさんさんと太陽が降り注ぐ南イタリアの町です。

エリオの故郷

エリオの家にも畑があり、ナスやトマトは色鮮やかに実り、ハーブは香り高く育ちます。 昔は家畜もいて、豚は年に一度、親戚が集まって家族の一年分のハムやサラミを仕込み、 皮も内蔵も余すところ無く利用します。母屋の外にもキッチンがあり、その広いキッチン でパンを焼いたり、収穫した野菜を加工するのです。裏庭では直径1メートルはあろうかと いう巨大な鍋でトマトを煮込んで、おいしいトマトペーストを作ります。トマトはもちろん ナスやズッキーニ、きのこ、そしてパプリカなどでは酢漬けやオイル漬けを作ります。 チェトラーロは海があるので魚介も豊富です。魚はパスタに入れたりオイル漬けに、また いかやたこも食されます。山に行けばヤギや羊のチーズが手に入ります。そして地ぶどう から作られるワインなど、イタリア人ならば誰もが誇るおいしさと伝統が残る地域です。

おばあさんは、紙に書いたレシピなどは一切持っていなかったけれど、天才的な料理人でした。裏の畑から野菜を取ってくると信じられないほどおいしいスープを手際よく作っていました。エリオはいつからか、おばあさんは料理にファンタジーで味付けしているのではないかと思うようになりました。そのおばあさんが営んでいたのが“ロカンダです。ロカンダとは郷土料理を出す民宿のようなものです。夏になるとオルサーラ家の人々はみんなでおばあさんのロカンダを手伝いました。風光明媚な土地で、陽気な笑顔と深い愛情、そして大自然のナチュラルなホームメイドのおいしさがあふれんばかりに並んだテーブルが、いつもみんなの中心にありました。

 

おばあさんは、紙に書いたレシピなどは一切持っていなかったけれど、天才的な料理人でした。裏の畑から野菜を取ってくると信じられないほどおいしいスープを手際よく作っていました。エリオはいつからか、おばあさんは料理にファンタジーで味付けしているのではないかと思うようになりました。そのおばあさんが営んでいたのが“ロカンダです。ロカンダとは郷土料理を出す民宿のようなものです。夏になるとオルサーラ家の人々はみんなでおばあさんのロカンダを手伝いました。風光明媚な土地で、陽気な笑顔と深い愛情、そして大自然のナチュラルなホームメイドのおいしさがあふれんばかりに並んだテーブルが、いつもみんなの中心にありました。

修行時代

エリオは14歳になると、知人のレストランでアルバイトを始め、その後調理師学校に行きながら地元の5つ星ホテルで研修をしていました。その時にホテルのオーナーに言われていたことは「世界に出て行きなさい!」。夏になるとたくさんの外国人や都会からの観光客がやってきて、シーズンが終わるとみんなそれぞれの生活の場に帰っていきます。この人たちはどこから来てどんなところに帰っていくのだろう、海の向こうにはどんな世界があるのだろう、とまだ見ぬ世界に思いを馳せていました。故郷を離れたのはミラノのホテルに就職した時でした。それからロンドンに渡ると、昼間英語学校に通いながら、夜は有名レストランで働き、お金はなくても充実した日々を過ごしました。それからスペインでは自分の店を持ちエキサイティングな時間を過ごしましたが、この頃のエリオの心はアメリカに行くことでいっぱいでした。アメリカンドリーム!どんなことに出会えるのか、何が出来るのか、アメリカのヴィザを持ち夢いっぱいにアメリカに渡りました。

アメリカではまずクルーズ船に乗り込み、料理だけでなくマネージメントも身に付けました。それから西海岸でイタリアンレストランに勤めましたが、アメリカ人向けにイタリア料理を作る毎日に物足りなさを感じ、勉強したい気持ちばかりがむなしく空回り、アメリカンドリームの夢破れて、エリオは一旦イタリアに戻ります。もう一度イタリア料理をやり直す気持ちで、北イタリアのコモにある高級ゴルフクラブのキッチンで働いていた時に、神戸に本格的なイタリアンレストランをオープンさせるためのスーパーバイザーとして日本に来ないかと誘いを受けたのです。その会社はダイエーでした。アジアの国の区別もよくわからないし、日本には特別な興味もなかったので、レストランを軌道に乗せたらすぐにイタリアに帰ろうというくらいの軽い気持ちで来日しました。伊丹空港に降り立ったのは1991年の1月でした。

修行時代

エリオは14歳になると、知人のレストランでアルバイトを始め、その後調理師学校に行きながら地元の5つ星ホテルで研修をしていました。その時にホテルのオーナーに言われていたことは「世界に出て行きなさい!」。夏になるとたくさんの外国人や都会からの観光客がやってきて、シーズンが終わるとみんなそれぞれの生活の場に帰っていきます。この人たちはどこから来てどんなところに帰っていくのだろう、海の向こうにはどんな世界があるのだろう、とまだ見ぬ世界に思いを馳せていました。故郷を離れたのはミラノのホテルに就職した時でした。それからロンドンに渡ると、昼間英語学校に通いながら、夜は有名レストランで働き、お金はなくても充実した日々を過ごしました。それからスペインでは自分の店を持ちエキサイティングな時間を過ごしましたが、この頃のエリオの心はアメリカに行くことでいっぱいでした。アメリカンドリーム!どんなことに出会えるのか、何が出来るのか、アメリカのヴィザを持ち夢いっぱいにアメリカに渡りました。

アメリカではまずクルーズ船に乗り込み、料理だけでなくマネージメントも身に付けました。それから西海岸でイタリアンレストランに勤めましたが、アメリカ人向けにイタリア料理を作る毎日に物足りなさを感じ、勉強したい気持ちばかりがむなしく空回り、アメリカンドリームの夢破れて、エリオは一旦イタリアに戻ります。もう一度イタリア料理をやり直す気持ちで、北イタリアのコモにある高級ゴルフクラブのキッチンで働いていた時に、神戸に本格的なイタリアンレストランをオープンさせるためのスーパーバイザーとして日本に来ないかと誘いを受けたのです。その会社はダイエーでした。アジアの国の区別もよくわからないし、日本には特別な興味もなかったので、レストランを軌道に乗せたらすぐにイタリアに帰ろうというくらいの軽い気持ちで来日しました。伊丹空港に降り立ったのは1991年の1月でした。

日本に来て

新神戸オリエンタルホテルにイタリアンレストランをオープンさせると、日本語もわからないままに、しかし持ち前の陽気な笑顔で毎晩接客していました。そんなある日、エリオは京都に遊びに出かけ、懐石料理の店に案内してもらいました。飲食に関してはおばあさんのサービスがナンバーワンだと世界を回って確信していたエリオでしたが、正反対のようなこのサービスがエリオの母線に触れたのです。店の佇まいや雰囲気、食材の扱い方、料理の盛り付け方、そして着物を着た年配の仲居さんの立ち振る舞い。この食文化をもっと知りたい。この国をもっと勉強したい。エリオはそう思い、懐石料理の店に通いつめました。こんな食文化を持っている日本人なら、きっとイタリアの食文化も理解してくれるはずだ!茶道やいけばなや温泉という文化を体験していくと、日本語もわかるようになってきました。神戸でさらにイタリアンレストランを何店舗か手がけて、エリオは東京にやってきます 東京では赤坂、そして新宿でイタリアンレストランのプロデュースに携わりました。その後紀尾井町ビルのレストランロッソエネーロの建て直しと運営に乗り出し、大きな結果を出しました。東京のレストラン勤務の中では、妻となった美奈子さんはじめ、今も一緒に働く"日本の家族”といえる仲間たちとの出会いもありました。

日本に来て

新神戸オリエンタルホテルにイタリアンレストランをオープンさせると、日本語もわからないままに、しかし持ち前の陽気な笑顔で毎晩接客していました。そんなある日、エリオは京都に遊びに出かけ、懐石料理の店に案内してもらいました。飲食に関してはおばあさんのサービスがナンバーワンだと世界を回って確信していたエリオでしたが、正反対のようなこのサービスがエリオの母線に触れたのです。店の佇まいや雰囲気、食材の扱い方、料理の盛り付け方、そして着物を着た年配の仲居さんの立ち振る舞い。この食文化をもっと知りたい。この国をもっと勉強したい。エリオはそう思い、懐石料理の店に通いつめました。こんな食文化を持っている日本人なら、きっとイタリアの食文化も理解してくれるはずだ!茶道やいけばなや温泉という文化を体験していくと、日本語もわかるようになってきました。神戸でさらにイタリアンレストランを何店舗か手がけて、エリオは東京にやってきます 東京では赤坂、そして新宿でイタリアンレストランのプロデュースに携わりました。その後紀尾井町ビルのレストランロッソエネーロの建て直しと運営に乗り出し、大きな結果を出しました。東京のレストラン勤務の中では、妻となった美奈子さんはじめ、今も一緒に働く"日本の家族”といえる仲間たちとの出会いもありました。

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